Shinpi Me

神秘の私 / 内なる自由を見つける

「青い」のはどっちだ?!


私の言っていることが「青い」と言われた。(「青い」とは、「経験が浅く、未熟だ」という意味である。)

昔は、学生時代に同輩同士で、人生について、真理について、
哲学について、政治について・・・
喧々諤々の議論を戦わせた。

「君の言っていることは、それに近い。皆、学校を卒業して、
社会人になったら、そういうことは言わなくなる。」

私が言っていることは、いい年をして当時の学生たちの議論と
同じようなものだという。

その人は、学生運動盛んなりし頃に、青春時代を送った。
だいぶ年齢が上の人だ。

私の学生時代は、議論を戦わせるような同年代の者は、ほとんどいなかった。
大学に入って、いい加減に授業を受けて、単位だけを取って卒業するのが通例であった。

テニスサークルなど遊びのサークルに入って、異性と飲んだり、食べたり、
遊んだり、楽しく学生生活を謳歌するのが一般的な姿であった。


そんな中で、私は、ほんの少数の親友と酒を飲みかわしながら、
人生について、哲学について、真理について語り合った。
ダンスのうまかった親友の影響で、新宿や六本木のディスコ(現代のクラブ)で踊りまくったり、遊びもしたが、
多くの時間を読書に費やした。

大学は工学部であったが、その勉強はほんとんど真面目にやらなかった。かわりに、学校とはまったく関係のない、哲学、文学、社会学などの古典や人物伝と真剣に取り組んだ。

誰からも強制されたわけでもない。自主的に挑んだことだ。

そして、卒業して社会人となってからも、量の増減はあるものの、読書は続けたし、友人と議論をするようなことは、めっきり減ったが、人生について、生き方について、人間について、自分について、真剣に自分で自分を見つめ続けた。

こうして、60を超えてしまって、今更、「青い」と言われたって、40年間いや、中学時代からだから、およそ半世紀、世間で「青い」と言われるようなことを考え、行動に移してきた。「青い」もなにもないのである。

年を取って、老後や自分の死が見えてきたころ、定年退職後はなにをしようか、終活をはじめよう、残りの人生何をしよう、死ぬまでに何をしよう、・・・と考える人がいるが、その人たちとは年季が違うのである。


もしこれからも、「おまえは青い」という人が現れたら、


「おまえが青い」という、おまえこそが青いんだ。


と言い返してやろう。

その自称、青くない人々は、学生時代に人生や自分、真理について真剣に考えていても、卒業して社会人となって、まったく考えなくなって、仕事に家庭生活に追われるようになった。
かといって、会社のため、家庭のため、社会のため、国家のために命を懸けるというような哲学・信念もない。なぜならば、考え続け、それについて行動し続けなければ、決してそのような、自己固有の信念や哲学はもてないからだ。

彼らは、ある程度、出世して、そうでなくとも、そこそこの財産とキャリアを積み、世間的に恥ずかしくない人生を送ったであろう。

だから、それがなんだというのだ。

私には、正直、そういう生き方は自分にはできない、と思う。他の人がどう生きようとも、それはその人の人生だ。ただ、自分がそう生きたとしたら、まったく価値のない人生を生きたということになる。

生きる意味もわからず、死とは何かもわからない、自分がどう死のうかとも考えて生きてこなかったから、終活など世間で既成の考え方と方法を取り入れるしかない。それだけで、自分の生も死もない。


ほんとうは、生きることも、死ぬことも、その人しかできない固有のものであるのに、死に至るまで、ごく世間的なあり方でしか在りえない。

それこそが「青い」、「未熟だ」ということではないか。

「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。」

昔の人生は50年であったが、今は100年生きる人は多い。
どちらにしても、下天のうちを比ぶればー天界の一日に比べれば、
夢やまぼろしのように、あっという間である。

その自分のはかない人生を夢幻ととらえることがなく、
実体があるものと思って、ただ単に世間の尺度に合わせて、何も考えずに生ききてきた。

つまり、そういう人たちは現実を見ていないのである。
多くの人がいう現実を唯一の現実と思って、ほんとうの現実をみてこなかった。若い頃考えていたから大丈夫なんて理由は通用しない。

それを「青い」といわずに、何を「青い」といえよう。

「人生、取返しのつかないものはない」というが、
取返しのつかないものはある。
音楽やバレエ、スポーツだって、早く始めなければ、限界はある。

今更、考えたって、若い頃から考え続けるのと違って、
浅いところまでしか自分を見つめられない。

その現実を見つめたうえで、スタートしないと、今のまま死んでいくであろう。

「青い」ままで死ぬだろう。


(END)