言語と言語以外のものの間で
私は、言語学や日本語学を正式に学んだわけではない。放送作家・脚本家としての仕事をしていく中で、どうしても言語と言語以外のものの境目に興味をもった。たとえば「間」や「行間」、「空間」などである。
一方で、悟りの勉強・修行をしていく中で、思考からの解放の大切さに気付き、その思考を構成している要素である言語(とくに、日本人である私は日本語)に興味をもつようになった。
だから、以下に書くことは、言語学や日本語学をちゃんと勉強したものではないものの一見解であり、すでにその分野での研究は進んでいる可能性がある。しかし素人だからこそその人にしか出せない素っ頓狂な視点を持てているかもしれない。
という言い訳を先にしておいて、進めてみる。
日本語の構造と「空」
日本語の構造そのものの中に、「悟り」や「空(くう)」があるのではないかと考えている。
ここでいう「空(くう)」とは、「無」や「有」を止揚する、より上位の概念であり、「悟り」とはその「空」を理解のみならず、身体で感じていることである。
たとえば、日本語では「私」などという主語をあまり使わない。主語がないことが多い。
つまり「私」がない。
それは、「自我」がないとも言い換えることができるのではないか。
「が(我)」の言語学
「自我」とは、「~が」であり、「私が~」、「ぼくが~」、「おれが~」の「が」である。「自我」の「我(が)」と、「私が」「僕が」…と自分を主張するときの助詞の「が」が、同じ音(オン)であるのが面白い。
この「が」は、「あなたが~」、「彼が~」、「彼女が~」、「あいつが~」と他者に乗り移ることもある。「が」を「乗り移す」主体は、「わたしが~」であり、「おれが~」という自我である。
つまり「私が、『が』を他の人に乗り移す」のである。
たとえば、「あいつが、そう言っていた」と言っているのは、「私」である。
「あなた」や「彼」、「彼女」という他人に「が」をつけることによって、自我を持たせる機能を果たす。
それは責任の主体を他の人に押し付けることでもあり、「私」という「自我」と対立する「自我」を外側につくることでもある。
こうして「私」と「彼」が、「私」と「あなた」が対立することにもつながる。
日本語の構造と「和」
それはさておき、私は、日本人が「和をもって貴しとする」というように「和」を大切にしてきたのは、前述したように、日本語の構造そのものの中に、「悟り」や「空(くう)」があるからではないか、と考えている。
一例として、主語をあまりつかわない、主語が見当たらないこともあるのは、それだけ「自我」がうすいわけであり、「自我」にあまり重きを置いていないとも考えられる。
「自我」がないもしくは、「自我」が薄いのは、「空」や「悟り」の一側面である。それが「主語」をあまり使わないという日本語の中に含まれている。
「和」の反対である「対立」とは、「自我」と「自我」のぶつかり合いであり、「自我」がなければ対立のしようがない。
自ずと「対立」が少なくなり、「和」を大切にするようになる。すなわち「和をもって貴し」となる。
SNSを中心とした日本中で起こる対立
「となる」はずである。ところが、今の日本をみると、あちこちで対立がある。おそらくネット上から始まって、リアルにまで波及しているのだろうが、争いはやむことがない。
とくに、日本にインターネットが普及してからの事のように思う。
ネットとは、言葉の空間であり、日本人は日本語の圏内で、お互い対立しあっている。
「おれは、あいつが、ああいったのが許せない」と「自我」は、「が」を他者につけて、「あいつが、〜といった」といって争っている。
それがほんの一部であるならいいが、小さな対立が数知れずあり、日本を二分するような大きな対立も増えているように思える。
構造の中に「悟り」や「空」があり、それゆえに「和をもって貴しとなす」であるはずの日本語を使う日本人がこのありさまである。なんてことだろう・・・。
はたして「わたしが」が増えて争うようになった日本人
昔(太平洋戦争以前)は、日本人は、「私」(僕、拙者など自分を指し示す言葉)を多用しなかったのではないか。現に、現在でも、文章において、「私」を多用した文章は美しくないとされる。
戦後に「私が」が多用されるようになったのではないか。
これは、あくまでも推測ではあるが、日本人が「わたしが」「おれが」「自分が」「ぼくが」という主語を頻繁に使用するようになってから、対立が増えるようになったのではないか。
若い頃、とくに20代の頃から「日本人は主張ができない」と言われているのを聞いてきた。一般論だけではなく、「もっと自分の主張をしなさい。どうして主張しないの」と責め立てられてきたように感じる。
そもそも、個性教育、個性を尊重する、オンリー1になるということも、「わたしが」「おれが」という「が=我」を立てることから始まる。「私=我(が)」があってこその、独自性である。また、社会ではそうとらえられているだろう。(ほんとうの個性は、我を捨てたところに表れる。小林秀雄もそのようことを言っていたが、ここでは語らない。一般的には、「私」を押し出し、表すのが、「個性」であろう)
「私」の多用の原因には、戦後、教育の中に取り入れられた教科「英語」の影響もあるのではないか。
もう一つは、戦後ではないが、明治時代に言文一致の方向に進んで、口語が文章にも使われるようになったことが、戦後にも多大なる影響を与えたと思える。
文語の方が話し言葉よりも一層、主語の省略は明解になるのではないか。簡潔であることを求められるからだ。
言文一致により、文語がどんどん使われなくなったことは、「私」という主語が文章にも話し言葉にも、次第に、以前より多用されるようになった1つの原因になっているのではないか。
「私が」をもはや棄てられない日本人ができること
とくに戦後、主語を多用することを覚え、自我が一層強くなった日本人は、もはや「私が」を棄てることはできないであろう。
しかし、主語を多用しない、「私が」がない良さというものを思い出すことができる。
たとえば、集団行動を重視する日本式経営において構成員である社員は、おそらく「主語」を頻発することは求められなかったし、むしろ嫌われたであろう。
それが、アメリカ式経営が日本に入ってきて、一人一人が「私が」と主張することを求められ、不完全ながらも主張をするようになった。
日本式経営からアメリカ式経営の導入が多くの企業や団体で増加してからと符合するように日本経済は弱くなった。
そこからみても、「主語がない」ことの強みを思い出すことができるだろう。
昭和の家庭をノスタルジックに思い出すだけで、どこか心があたたかくならないか。それからでも、「私が」を主張しないことの良さをなんとなく感じることができる。
主語が少なかった時代を通過した人は思い出すことでその良さを追体験して、その経験がない人は、過去の映画やドラマなどで、感じてみよう。
本が好きな人は、昔の文章や詩歌を読んでみよう。
なによりも、ときどき、今この瞬間に「私を忘れて」みよう。
考えなければいいのだ。一瞬だけでも意識して思考しない。そのときは「私」はいない。身体はあるけれど。(これについての説明は別の稿でしたい。)
ともかく「私が」を立てるから争いが起こるのだということを、ときどき思い出していただきたい。
(END)