Shinpi Me

神秘の私 / 内なる自由を見つける

俺の中の「叫び」



(この作品は内面の葛藤を描いたフィクションであり、内なる解放に向かうプロセスを描いています。)



この、どうしようもない俺に

生涯つきあっていかねばならぬ。

しょうもないのは分かっている。

痛いほどわかっている。

だから責めないでくれ。

責めないでほしいんだ。

「どうして、あそこでやめなかったんだ。

言っただろう。

ほら、言ったこっちゃない。」



会うたびに、彼はいう。

ことばをかえていう。



「当たり前だろ。

おまえが甘いんだ。

仕事は厳しい。

社会を舐めるな。」



こうして畳みかける。

意気消沈している俺は、

誰かになぐさめられたくて、

誰かをさがしにきた。

しかし叩かれた。

抱きしめられたくてきたのに、

ふりほどかれた。



「俺だってがんばってきたんだよ。

うつ病を通り越して、一人前になった。

逃げちゃだめだ。

俺みたいに強くなるんだよ。

いやあ、俺は強くなったねえ。」



おまえのことなど聞いてない。

口先まで出かかった。

しかし押しとどめた。

立場は弱い。

俺は社会的立場もない。

彼は社会に立場がある。

彼のいうことは正論。

社会人の多くが彼に軍配をあげるだろう



「まじめに生きるんだな。

今までの人生を反省する。

そして改心することだ。

仕事がいやなんて言っちゃいけない。

好きになるんだよ。

努力すれば好きになれる。

もう他のことなんか考えちゃ、行けないぜ。

仕事だけに集中するんだ。」



俺は果たしてまじめに生きてこなかったのか?

ただ社会に随うことが真面目か。

おのれに忠実になることが真に面目を立てることではないか。

それにしても彼は気持ちよさそうだ。

いっぽう俺はどんどんエネルギーを吸い取られていく。

どんどん萎んでゆく。

このままだとなくなってしまいそうだ。

しかし、その場をすぐには離れられない

逃げたと思われるのが癪にさわる。

だから、

俺は逃げていなかった。

現にここにいる・・・・・




カフェのテーブル。

気づいたら、居睡をしていた。

昨晩もベッドに就いたのは深夜3時。

その前は4時だった。

朝起きるのは7時半。

自ずと睡眠時間が

足りなくなってしまう。

カフェでウトウトするはずだ。

テーブルの目の前の席には

誰もいない。

さきほどから、俺を饒舌に

責めていた彼はいったいどこ?

いや、また聞こえてきた…



「なんてことやってんだ。

おまえ、しっかりしろよ。

だめだなあ。

マジでころすぞ~。

だめだなあ。

ほんとうだめな奴だ。」



この声はどこから聞こえるんだ。

思わず、周囲を見渡す。

同伴者と会話をする人。

スマホを見る人。

ケーキを食べる人。

それらしき人は一人もいない。


窓の外を眺める。

右から来た女性と左から来た老人がすれ違う。

おかしいな。

もう人込みの中に吸い込まれてしまったのか。



俺はトイレに立った。

化粧室の鏡で自分の顔をまじまじと見た。

少し頬がこけたようだ。

青白く、憔悴しきっている。

そりゃそうだ。

あんなに激しく責められては。



次第に鏡が歪んで見えてきた。

しかも俺の姿の背後に、狂気のように

青くせり上がり、空へと流れるような

入り江が現れた。

二重三重に歪んだ夕焼けは

不気味に明るい。

鏡の枠を額縁にした、

まるで油彩画のようだ。


この絵の中で、

いつの間にか橋の欄干に突っ立っている俺は

急激な変化に驚いたせいか、

目をまんまると広げ、口をあけ放ったままでいる。

寝不足のせいだろうか。

俺はまだ悪夢の途中にいるのか・・・

また、あの不気味な声が聞こえてきた・・・




「だから駄目なんだよ。

なんども言わせるなよ。

おまえは駄目な男なんだよ。

いくら年とっても駄目だ。

何をやっても変わっていないじゃないか。

家族はおまえが不幸にしたんだ。

おまえのせいでああなったんだ。

分からないやつだね。

バカは死ななきゃなおらない。

おまえがああしたんだよ。

死ね、死ね。

死んじまえ。

おまえなんか生きている価値はない。

死ね。」




俺は両手で耳をふさいだ。

目と口、そして鼻をまるくあけ放ったまま

油彩画のようになった鏡の俺に驚き、

そして、地獄から湧き出てくるような

自分を責める声におびえて、

耳をふさいでいる。



ああ、この姿をどこかで見たことあるなあ。

どこだっけ。

そうだ、ムンクの『叫び』だ。


数十年前、日本で開かれた展覧会、

ノルウェーの画家、エドヴァルド・ムンクの有名な作品

『叫び』だ。





その人物へと化した俺は、鏡の前にいる俺に叫ぶ。



「おまえなんだよ。

おまえが悪いんだよ。

おまえなんか、そこで生きてる

価値はないんだ。

まだ、いるのか。

はやく消えろ。

醜くて無能で、利己的な人間は

早くこの世から去れ。」


やめろ~。やめてくれ~。

頼むから、やめてくれ~。



俺は耳をふさぎ、大声で叫んだ。

自分を責める顔と、耳をふさいでそれを聞くまいとする存在が

同時に存在していた。



なんてこった。俺を責めていたのは俺だったんだ!



そのまま、絵の中の俺と背後の光景はフリーズとなった。

そして、鏡の奥へ奥へと深まっていった。

それに従いどんどん小さくなり、消えてしまった。


ようやく、一連の出来事はおさまり、化粧室には


鏡とそこに移った姿、そして生身の俺が静かに在るだけだ。
明鏡止水。


フリーズした俺の姿が、

その後、鏡の中に入ったままでいるのか、

オスロ国立美術館ムンクの『叫び』と同化してしまったのか、

謎ではある。


しかし、俺は今でも、残念ながらまた存在している。

ほんとうは絵とともに消えてしまいたかったのに。

ほんとうにどこにもいないことができるならば、それがよかった。



おかげで、日々をまたあの声が聞こえてこないか少しおびえながら生活している。



ただ今度、あの俺の「叫び」が現れるときは、化粧室の鏡ではなく俺の中からであることは充分に気づいている。

(END)



【この文章の解説】


 自我は自我を攻撃し、自我は自我を防御する。

 このシステムは自我があるかぎり、半永久的に作動し続ける。  

 だからムンクの『叫び』は名画であり続けるのかもしれない。

 この声はまだ自分の中から消えてはいない。

 でも、もう以前のように支配されることはない…。


自我よりの解放はshinpi.meのテーマでもある。